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岡山地方裁判所津山支部 昭和43年(ワ)201号 判決 1973年4月24日

原告

河内睦男

被告

右代表者法務大臣大臣

田中伊三次

右指定代理人

片山邦宏

外五名

主文

一  被告は原告に対し、二九七万四五四四円およびこれに対する昭和四四年一一月二日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを二分し、その一あてを原・被告の各負担とする。

事実

一  当事者の求める裁判

1  原告

(一)  被告は原告に対し、七四〇万円およびうち三〇〇万円に対する昭和四四年一一月二日から同四五年四月二四日まで、および七四〇万円に対する同四五年四月二五日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

(二)  訴訟費用は被告の負担とする。

2  被告

(一)  原告の請求を棄却する。

(二)  訴訟費用は原告の負担とする。

二  当事者の主張

1  原告(請求原因)

(一)  原告は昭和二七年当時大蔵事務官として林野税務署(のち美作税務署となり、その後、さらに津山税務署に統合された。)に勤めていたが、同年六月二五日いわゆる一般定期健康診断(以下単に定期検診という。)を受けた。右定期検診は、同税務署長が国家公務員法(以下国公法と略記する。)、人事院規則(以下人規と略記する。)に基づいて、その所属職員に対し実施したものである。そしてその際、結核の予防、発見等のための胸部X線間接撮影については、同署長が嘱託していた当時の林野保健所で受けた。この間接撮影フイルムには原告が罹患していることを示す陰影があり、しかも、この陰影は読影による発見が容易なものであつた。

(二)  ところで、当時右保健所でとられた間接撮影フイルムは、同保健所から右税務署署長のもとに届けられ、同署長はこれを広島国税局長に送付していた。同局長はそれらフイルムを自己の補助機関である直属の医官に読影させて、罹患の疑いのある者を報告させ、その職員については同税務署長に改めてX線直接撮影等の精密検査を受けさせるよう指示する。同署長はその職員に指示して右検査を受けさせ、その結果罹患していることが明らかとなつたときには、その者に対し、勤務場所の変更、勤務量の軽減、休暇の承認、休職その他、その健康の保持に適切な措置をとらねばならなかつた。局長、署長(およびその補助機関)(以下これらの者を単に職務担当者という。)が過誤なく右義務を全うすべきことは国すなわち被告に対してはもちろん、定期検診を受けた職員個人に対しても負うものであつた。

(三)  従つて、右職務担当者は、間接撮影フイルムに前記のような陰影の現われていた原告に対しては、当然直接撮影等の精密検査を受けるよう指示し、その検査結果に基づいて前記適切な事後措置をとるべき義務があつた。ところが、それをせず、原告に対し従前どおり、健康体であるとして、過重な労働を要する外勤の職務に継続してつかせた。これは、職務担当者のうち、医官が読影を誤つたためか、医官に誤りはなく、医官から報告を受けた局長が前記指示をしなかつたか、局長は指示をしたが、税務署長が原告にその旨指示をしなかつたかのいずれかに基因するものである。そして、そのいずれであるにせよ、職務担当者の故意または過失により右事態が生ぜしめられたことは明らかである。

(四)  原告はこのようにして右外勤の職務に、次期定期検診(昭和二八年六月八日実施)の結果罹患が明らかとなり、その事後措置がとられることとなつた、同年七月三〇日まで継続してつかされた。このため、その間に、原告の病状は著しく進行していた。すなわち、昭和二七年度の定期検診時には未だいわゆる初期症状であつて、外勤から内勤への職務変更と、約六か月ほどの通院治療により治癒する程度のものであつた。ところが、右二八年度の定期検診で発見されたときにはすでに手遅れとなり、このため、昭和二八年七月三一日から同三二年九月九日までと、同三四年六月二六日から同三六年六月二六日までの計六年二か月の長期にわたる欠勤療養生活を含め、合計一〇数年間に及ぶ療養生活を送ることをやむなくされた。

(五)  原告は右のように長期にわたる入院生活を余儀なくされ、このため(八)(1)記載のとおり昇給、昇格が遅れたため等による損害を被るほか、精神的にも言葉でいい表わせない苦痛を被つた。これらは、前記のとおり、職務担当者の故意または過失による違法な行為に基因するものである。

(六)  ところで、右職務担当者の違法行為は、すでにみたところから明らかなとおり、公権力を行使して職務を遂行するについてされたものである。従つて、被告は、国家賠償法(以下単に国賠法という。) 一条一項に基づき、原告に対しその損害賠償をすべき義務がある。

(七)  なお、仮に、前記読影をしたのが前記保健所所属の医師であつたとしても、右の結論に変りはない。すなわち、右医師は前記のとおり前記税務署長の嘱託に基づいてしたものであり、右のような関係にあつた医師は、国賠法一条一項にいう「公務員」にあたる。従つて、同医師が読影を誤るか、誤りはしなかつたが税務署長への通知をしなかつたかのいずれであるにせよ、それが過誤によること明らかである以上、すでにみたところと同断である。

(八)  損害

(1) 逸失利益 計七〇一万七、八一九円

原告は昭和二三年五月一七日雇として被告に採用され、その後同二五年九月三〇日大蔵事務官に任官した。国税庁では満五八歳で退職する慣例がある。原告も当初は右慣例どおり、満五八歳となる同四八年九月一日限り退職する考えでいたため、損害額も次のとおりそのことを前提として算出した。しかしその後、被告の抗争態度に触発されて考えを改め、本件訴訟が最終的に確定する時まで現職にとどまることにした。もつとも、損害額については、現職に長くとどまるほど給与差額の損失が大きくなるため、結局右退職を前提とした額以上となる。ただ、請求金額は従前のものを維持することとする。

そこで、右退職を前提とした損害額をみると、原告が前記六年二か月にわたる病気欠勤をしていなかつたとすれば昇給等によつてえられたであろう利益は、次のイないしハのとおりとなる。

イ 給与の損失 四七〇万六、七〇八円

なお便宜上、昭和四四年一一月一日を基準にして、同日以降の分を「将来うべかりし分」、それより前の分を「すでに喪失した分」として計算した。

(イ) すでに喪失した分 三四五万六、四五一円(別紙一のとおり。)

(ロ) 将来うべかりし分 一二五万二五七円(別紙二のとおり。)

ロ 退職手当の損失 九三万四、四八七円(別紙三のとおり。)

ハ 退職年金の損失 一三七万六、六二四円(別紙四のとおり。)

(2) 慰謝料 一四〇万円

(九)  そこで、原告は被告に対し、右損害金のうちの七四〇万円および、そのうち、(八)(1)イ(イ)のみでも当初の本訴請求金額三〇〇万円を越えるので、右三〇〇万円に対する、前記基準日の翌日の昭和四四年一一月二日以降現請求金額に訴えを変更する旨の書面が被告に送達された日の同四五年四月二四日まで、ならびに、右七四〇万円に対する、右翌日の二五日以降支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(一〇)  仮に、公権力の行使とはいいがたいとの理由により、国賠法に基づく請求が認められないとしても、前記保健所の医師を含め、職務担当者はいずれも被告の被用者たるものであるから、すでにみた事実関係によれば、使用者たる被告は原告に対し、民法七一五条に基づいて、右同額の損害賠償義務があること明白である。

2  被告

(一)  請求原因に対し

(1) 請求原因(一)の事実のうち、罹患を示す陰影があつた、との点は認めない。他は認める。

なお、右定期検診は、国公法七三条一項二号、人規一〇―一、同細則(以下人細則と略記する。)一〇―一―一および国税庁訓令「税務職員健康管理規程」(以下国税庁訓令と略記する。)に基づいて行つたものである。

(2) 同(二)の事実のうち、間接撮影により罹患の疑いのある者に対しては、税務署長が指示して精密検査を受けさせ、その結果罹患が明らかとなつたときは、いわゆる事後措置をとるべきこと、それらを過誤なく全うすべき義務を国すなわち被告に対して負つていたことは認める。他は認めない。

原告主張の間接撮影フイルムの読影は、右撮影をした保健所の医師がしていたのである。同医師からの通知により、税務署長が精密検査等その後の必要措置を講じていた。しかも、税務署長など、原告のいう職務担当者は、もともと定期検診を受ける職員個人に対しては義務を負つていないのである。すなわち、前記国公法等に基づいて実施する定期検診は、国すなわち被告が職員の勤務能率の発揮増進のためにするものなのである。つまり、使用者側の利益のために行われるものであつて、個々の職員に対し、その保健のために権利として保障されているものではない。定期検診により、職員が自己の疾患を早期に発見できる利益をえたとしても、それはいわゆる反射的利益にすぎない。このことは、前記国公法の規定に徴しても明らかである。従つて、仮に、職務担当者に原告主張のような事実があつたとしても、それは国公法違反の問題が生じることがありうるだけで、個々の職員との関係で不法行為を構成する余地はない。

(3) 同(三)・(四)の事実のうち、原告が昭和二七年度の定期検診ではなんら指示を受けず、翌二八年度の定期検診で罹患が判明し、その主張どおり事後措置がとられるに至つた日まで外勤の職務についていたこと、およびその主張の期間治療のため病気欠勤したことは認める。他は認めない。

なお、原告が主張する間接撮影フイルムの陰影は発見困難な位置にあり、さらに、当時の医師の間接撮影フイルムの読影能力は未だ低く、しかも短時間に多数のフイルムを読影しなければならない状態にあつたことなどの事情を考え合わせば、仮に医師が右陰影を見落したとしても、読影に関する当時の一般的水準からして、過失があつたとはいえない。

(4) 同(五)ないし(七)の事実は、いずれも認めない。

職務担当者の行為により、被告が原告に対し国賠法に基づく義務を生じることのないことは、すでに請求原因(二)に対する答弁で明らかにしたとおりである。また、保護所の医師は、岡山県の職員で、被告から嘱託を受け、被告と対等の地位にあつた保健所に所属していたものである。そして、同医師が読影をしたのは、読影は同保健所が右受託により履行すべき契約内容の一つとなつていたので、同保健所の職員として、これを担当したのである。従つて、仮に同医師に過誤があつたとしても、同医師に対しなんら指揮監督を及ぼしえない立場にあつた被告は、いかなる意味においてもその責を負うべきいわれはない。

(5) 同(八)の事実のうち、原告がその主張どおり採用され、次いで任官したことは認める。他は争う。

原告が病気欠勤しなかつたとしても、その主張のような昇給、昇格をすることはない。原告は昭和二八年七月一日の定期昇給期に昇給延伸となつている。これは原告がまだ病気欠勤をする前の昇給期のことであつて、勤務成績が良くなかつたためであること明らかである。原告はそれ以前にも同様の理由により二回(昭和二五年六月三〇日と同二六年四月一日)昇給延伸となつている。復職後も成績が特に良くなつたとはいいがたい。このような実情からして、原告主張の右昇給等はありえない。従つて、仮に原告に右病気欠勤がなかつたとしても、右事情等から推して、その昇給等は最大限別紙五(一)・(二)のとおり(原告は慣例に従い、満五八歳となる年の定期人事異動時(昭和四八年七月)に退官するものとし、その際、非違のなかつた者に対しては特別昇給が認められている(人規九―八第三九条三号による。)ので、原告も特別昇給により一号俸昇給するものとした。)と考えられ、これを越えることは到底考えられない。なお、特別昇給(ただし、右退職時のものを除く。)は勤務成績が特に良好である場合に認められる(一般職の職員の給与に関する法律第八条第七項による。)ものであつて、すでにみた事情のもとにある原告に対しては認めうべくもない。また、四等級への昇格は少なくとも主任等以上の在職者から選考することになつている。ところが、原告の右成績では主任クラスの職につくこと自体すでに困難である。従つて、原告の右昇格についても否定せざるをえなかつた。

右推定に基づく金額と現状を基礎とした額の差は結局次のとおりとなる。

イ 給与の分 二六四万三六八五円

なお便宜上、昭和四七年一月以降の分とそれより前の分とに分けて計算した。

(イ) 昭和四六年一二月三一日までの分一九八万二、六二六円(別紙五(一)のとおり)

(ロ) 同四七年一月一日から退職時(同四八年七月)までの分 六六万一〇五九円(別紙五(一)のとおり。)

ロ 退職手当の分 四三万六、三二〇円

(イ) 右推定に基づく場合(退職時の俸給月額(五等級一六号俸)八万七、六〇〇円、係数40.5(別表三と同じ。))の退職手当 三五四万七、八〇〇円

(ロ) 現状に基づく場合 (退職時の俸給月額(五等級の一二号俸)八万四〇〇円、係数38.7(別表三と同じ。))退職手当 三一一万一、四八〇円

ハ 退職年金の分 一年当り八万三、一一九円(別紙六のとおり)

(6) 同(九)については、その義務はない。

(7) 同に(一〇)ついても、すでに述べたとおりで、その主張は当らない。

(二)  抗弁として

仮に、原告の主張に理由があるものとしても、その損害賠償請求権は時効により消滅している。すなわち原告は、被告による本件加害の事実およびこれに基づく損害の発生を、遅くとも原告が復職した昭和三二年九月一〇日ごろには知つた。従つて、その後消滅時効期間たる三年を経過した同三五年九月一〇日ごろ、すでに右損害賠償請求権は時効により消滅した。

3  原告

抗弁に対し

被告主張の抗弁事実は認めない。

原告は昭和四一年二月一三日初めて被告が加害者であることを知つたのである。従つて、消滅時効にかかることはない。

三  証拠<略>

理由

一次の事実は当事者間に争いがない。

原告がその主張のとおり被告に採用され、その後大蔵事務官となつてその主張の税務署に所属し、健康管理者たる同税務署長が昭和二七年六月二五日国公法七三条一項二号、人規一〇―一、人細則一〇―一―一、国税庁訓令に基づいて実施した定期検診を受けたこと、その際、胸部X線間接撮影は同署長が嘱託していた林野保健所でされ、その後、その主張のとおり、原告は同署長からなんら指示を受けることなく、従前どおり外勤の職務につかされていたこと、翌二八年六月八日実施された定期検診により結核に罹患していることが判明し、その治療のためその主張どおりの期間病気欠勤するに至つたこと、同署長は定期検診により職員に罹患の疑いがあるとの報告を受けた場合、その主張のとおり、当該職員に対して指示ないし事後措置等をとるべきことになつていたこと、以上の事実については争いがない。

二原告が昭和二七年度の定期検診時に結核に罹患していたか否か等について。

1  右事実を確認するためにはまず、原告提出にかかる、甲第一号証の一ないし三の各間接撮影フイルムおよび同第七号証の直接撮影フイルムと原告との関係および各フイルムの性格などを確定する必要がある。そここでこれらについてみる。

(一)  右当事者間に争いのない、原告がその主張のように病気欠勤をした事実と、<証拠>を総合すると、

(1) 右各フイルムは、その骨格・心臓・横隔膜の状態などから、同一人の胸部を撮影したものであることがわかる。なお、甲第一号証の一のフイルムを除き、すべて結核に罹患していることを示す陰影がある。そのうち、甲第一号証の二のものは右肺に患部があつてその症状は軽度であることを示し、同号証の三と同第七号証は同症状で、両肺に患部があつてその症状はかなり重いことを示している。

(2) 右甲第一号証の三と同第七号証の各フイルムは、フイルムの右上端にある数字の形態などによつて、前記保健所でとられたものであることが明白である。そして、甲第七号証は、原告が、昭和二八年度の定期検診で罹患していることが判明したのち津山市所在の中島病院に通い、約一週間ほど治療薬を服用したころの、同年七月三〇日、同保健所で再びX線直接撮影を受けたときのものである。甲第一号証の三は、(1)にみたとおり、右第七号証のフイルムと同一人のもので、しかも、同症状であるほか、被告の保管にかかる前記乙第一号証の原告の健康診断カードの間接撮影欄に、昭和二八年度の定期検診日である同年六月八日撮影フイルムによる所見として記載された、患部の位置、状態およびフイルム患部の位置、状態およびフイルム番号(3)とも符合しているのであつて、これらによると、同フイルムは右定期検診時に原告の胸部を撮影したものであることがわかる。

(3) 他の二フイルムは右にみた二フイルムと異り、その付された数字の位置関係もあつて、数字のあることがかろうじてわかる程度で明認できず、このため、即座に同保健所でとられたものと確知することは困難である。しかし、(イ)二フイルムとも、右(1)・(2)から、原告の胸部を撮影したものであることがわかり、(ロ)症状の推移として、甲第一号証の二の陰影から同号証の三・同第七号証の陰影に進んだとみられること、この点について、小山鑑定人は逆に、通例としては、同第一号証の三・同第七号証の症状から比較的短期間に同第一号証の二の症状に軽快することが多い、という、しかし、現実には、原告は右第七号証のフイルム撮影後直ぐ前記長期にわたる療養生活に入つて、右一般的に多いという推移過程とは反対の経過をたどつているのであるから、本件では右説はとることができず、同第一号証の二の症状は初期のもので、これから同号証の三・同第七号証の症状へと推移した、とする証人亀山医師の証言どおりの進み方をしたとみるのが合理的である、(ハ)甲第一号証の一・二とも相当古いフイルムであり、かつ集団検診用のものと認められること、(二)これらの二フイルムは甲第一号証の三のフイルムとともに、昭和二九年六月ごろ同税務署職員芦田敬二郎、同綱沢初子が、自宅療養中の原告を見舞つた際、さきに原告から貸出し依頼のあつた同二八年七月一五日撮影の原告の直接撮影フイルムが見当らないため、代りに昭和二六年ないし二八年度の定期検診時のフイルムを持参したとして原告に渡したものと推認しされること、(ホ)しかも、同号証の三は前記のとおり右昭和二八年度のものに間違いないこと、(ヘ)昭和二六ないし二八年当時にはそれら間接撮影フイルムは、集団検診をする同保健所など極く限られたところでのみ使用され、一般の病院などでは取扱われていなかつたことが認められることなどを総合するときは、右二フイルムはいずれも同保健所でとられたもので、そのうち同第一号証の一は昭和二六年度の、同二は翌二七年度の各定期検診の際とられたものということができる。

以上の事実が認められ、右認定に反する趣旨の証人芦田・綱沢の証言部分および小山鑑定人の鑑定の結果部分は前記他の各証拠と対比して採用できず、他に右認定を動かすに足る証拠はない。

(二)  右認定の事実によると、結局、前記各フイルムはいずれも前記保健所で原告の胸部を撮影したものであり、そのうち甲第一号証の一は昭和二六年度、同号証の二は同二七年度、同号証の三は同二八年度の各定期検診の際にとられたフイルムであり、同第七号証は原告の治療法を確定するに当り、昭和二八年七月三〇日同保健所でとられたX線直接撮影フイルムであつて、それは次の経緯によること、すなわち、原告は同月一五日同保健所で精密検査のため直接撮影を受けたのであるが、その後、前記のとおり治療薬を服用するというようなことがあつたため、その後の変化の有無確認をもかねて、同保健所で再び撮影されるに至つたものであること、および同第一号証の二フイルムには右肺に結核の初期症状を示す陰影が、同号証の三、同第七号証のフイルムには右病状が進行し、かつ、両肺に患部があることを示す陰影のあることがそれぞれ認められる。

2  原告の昭和二七年度定期検診時の罹患の有無・程度およびその看過と過失の有無について。

(一)  <証拠>を総合すると、

(1) すでに、1にみたとおり、昭和二七年度の定期検診時には、原告は結核に罹患していた。その病状は、未だ自覚症状のない、右肺の初期の肺浸潤で、原告主張どおりの措置・治療を施せば、半年ないし一年ほどで治癒する程度のものであた。

(2) ところで、同第一号証の二の陰影は、やや見にくい位置にあつたことは事実であるが、当時集団検診に関与してフイルムの読影をしていた医師の一般的能力からみると、なお見のがすことはない、といえるものである。このことは、連続した多数フイルムを読影する集団検診の場合と違い、甲第一号証の一ないし三の三フイルムを読影するものであつたけれど、これらフイルムを手にした右各証人および鑑定人はいずれも一見して甲第一号証の二の陰影を指摘したことからもうかがえるのである。

以上の事実が認められ、右認定に反する趣旨の証人野村の証言部分および小山鑑定人の鑑定の結果部分は前記他の各証拠と対比して採用できず、他に右認定を動かすに足る証拠はない。

(二)  右認定の事実によると、原告は昭和二七年度の定期検診時にはすでに罹患し、その症状は、未だ自覚症状のない、右肺の初期の肺浸潤で、内勤に職務変更されるとともに、約六か月ないし一年間の通院治療を受けることによつて治癒する程度のものであつたこと、および右症状を現わす甲第一号証の二のフイルムの陰影は、仮に医師が読影に当つてこれを見のがしたとすれば過失たるを免れないものであつたことがそれぞれ認められる。

三ところで、原告はまず、国賠法一条一項に基づく請求をするので、これについてみることとする。

1  右の判断をするに先立ち、同法条の賠償責任の性質等について有する当裁判所の見解を、予め明確にしておくことが特に便宜と考えられる限度で次に明らかにしておく。

(一)  同条の賠償責任の性質としは、国が公務員の不法行為について直接に負担する責任(いわゆる自己責任)と解する。

(二)  「公権力の行使」については、本件は、次にみるとおり、公的性質をもつた権力作用に基づくこと明らかなものであるから、とりたててその見解を述べる要はない。

(三)  「公務員」については、広く公務を委託されてこれに従事する一切の者、すなわち、国が、その者に対し直接指揮・監督できる関係にあることを要しない、と解する。

2  そこで、本件事案についてみる。

(一) 定期検診は、当事者間にも争いのないとおり、一記載の法令等に基づいて、健康管理者たる前記税務署長が実施したものである。同法令等の規定によると、同署長は健康管理者として、所属職員に対しこれを実施し、強制的に受診させて、結核性疾患その他の病気の早期発見に努め、罹患していることが判明した職員に対しては、前記当事者間に争いのないとおり、勤務場所または職務の変更など適切な事後措置をとらねばならない。もちろん、当該職員は同署長の右指示に従うべき義務がある。他面、定期検診で異常がないとされた職員は、一応、健康体として、職務につき、上司の職務上の命令に従うべき義務が生じることになる。両者は表裏の関係にあるわけである。

このようにみてくると、定期検診および結果に基づいてとられる事後措置(以下定期検診等という。)はいずれも、優越的意思の発動たる作用ということができ、公的性質をもつこと明らかなものである。従つて、国賠法一条一項にいう「公権力の行使」に当るものといえる。なお、右要件に該当するか否かの判断対象たるべきものは、被告が主張する読影のように、定期検診の構成要素に当る個々の行為ではない。また、上司が職員に健康体として執務させることが、右公権力の行使に当ることは明らかである。

(二) 定期検診等が右のような性質をもつことと、前記関係諸法令、ことに、その根拠規定たる国公法七三条が「能率」に関する第三章第五節に位置することおよび同条の文言などを形成的、文理的にみるとき、右定期検診等は、一見、被告が主張するように、職員の勤務能率の発揮および増進をさせるためにのみ、つまり、使用者(ただし、ここでいう使用者とは実質的意味の使用者たる国民を指すこと、同法一条一項の規定に照らして明らかである。)のためにのみ行われるもののようにもみえる。しかし、そうでないことは、同法の制定およびその改正過程に徴しても明らかである。すなわち、国公法は、周知のとおり、新憲法の制定に伴い、それまでの身分制的な官吏制度を改め、(イ)国家公務員(以下公務員と略記する。)が国民全体の奉仕者であることを明らかにし、公務の民主的かつ能率的な運営を、国民に対して保障するとともに、(ロ)公務員の福祉および利益を保護するために制定されたのである。ところが、当時我国は占領下にあり、同法は司令部からの強い勧告によつて制定された等の事情もあつて、右(イ)については具体的な明文化を欠かせないものとされたのに対し、(ロ)については当然のこととするとともに、明文化するまでの必要性はないと考えられていた。このため、同法の目的を宣言した同条一項には(イ)のみ具体的に明文化され、(ロ)はされなかつたのである。しかし、昭和二三年法二二二号により、公務員の争議行為の禁止等、労働関係の規制を中心とした、法改正がされた際、右改正をする趣旨とも関連して、国会によつて、同条項に、「根本基準」とある文言の次に、括弧書「職員の福祉および利益を保護するための適切な措置を含む。」との文言を加える修正がされ成立した。かくして、同法が、ひとり国民に対し(イ)の保障をするだけでなく、公務員に対し右福祉等を保護すべき目的をもつて設けられていること、すなわち、公務員に対しても(ロ)の保護をすべき義務を負つていることを、明文をもつて明らかにするに至つたのである。被告が主張するように、公務員の福祉等を保護するのは、単に能率の増進等(イ)の目的を全うするための手段としてするに過ぎない、との見解は、右にみたところから到底とることができない。もともと、右両目的は対立するものではなく、むしろ、車の両輪のような関係にあるのである。

ところ、定期検診等が右にいう「福祉」に含まれることはいうまでもない。なぜなら、国公法が公務員の保護法でもあることを明文化するにあたり、前記のように、これを、括弧書で「福祉及び利益の保護」と表現することによつてしたことからみて、右「福祉」の文言は広い意味で用いられていること明白だからである。従つて、定期検診等は公務員個人に対する関係でも誠実に実施されるべき義務があるものといえるのである。さきにみた同法七三条の文言にしても、前記同法一条の場合と同様、前記(イ)・(ロ)の両目的をもつて設けられたものの、そのうち(イ)の目的だけが明文化されたにすぎないのである。このことはまた、同法中右「福祉」について定めた関係条文をみることによつてもわかる。すなわち、同法一条一項の右「福祉」に関係した具体的規定としては、同法中右七三条があるのみともいえるのである。従つて、もし、同条がその形式的な文言どおり(イ)の目的のみをもつものとすれば、同法は甚だしい自己矛盾を来たし、破たんを来たすほかないものといわねばならない。このようなことは考えられない。さらに、同法が公務員に対する保護法でもあることは、右法改正に際し、附則一六条が追加されて、いわゆる労働三法の適用排除が規定された反面、同改正法附則三条をもつて労働基準法(以下単に労基法と略記する。)を準用する旨規定したことからも知ることができる。すなわち、本来公務員の保護法でもある国公法が、公務員の特殊性ということから、労働者の基本的権利である争議行為等の禁止を規定し、右にみた労働三法の適用排除規定を設けることとなつたため、同法がなお右保護法たる本質を維持し、その目的の達成を図るためには、右準用規定を置くことは欠かせなかつたのである。労基法が労働者の保護法であり、使用者に労働者に対する各種の義務を命じてその目的の達成を図つている法であることはいまさらいうまでもない。そして、同法五二条(ただし、昭和四七年法五七号による改正前のもの。)は、使用者に労働者の保健のため定期検診を含む健康診断等を実施することを義務づけていた。この規定は、使用者に労働者個人に対する関係でも右健康診断等を実施する義務を負わせたものである、と解することにこれまで疑いを持たれたことはなかつたのである。このような精神は当然尊重されねばならない。もつとも、右国公法改正法附則三条には、国公法の精神にてい触などしない範囲内で準用するとの限定が付されている。しかし、職員保護の精神、わけても健康診断等についての右精神が右排除事由となりえないことは明白である。ただ、右労基法五二条の規定は昭和四七年法五七号による法改正によつて削除され、労働安全衛生法(以下単に労安衛法と略記する。) 六六条に健康診断等についての規定が設けられ、しかも、国公法附則一六条が同法の適用を排除し、一方、国公法改正法附則三条もまた同法を準用する旨規定していないので、このことが一応問題となる。しかし、これは別にさきにみた考えの妨げとなるものではない。というのは、定期検診等に関していえば、その実施についての技術的規定に関する限り、以前から国公法等前記諸法令によつて整備され、特に他の法令に依拠する要はなかつたのである。もし、準用の要があるものありとすれば、さきにみた労基法の精神のみであつたといえる。のみならず、右のように適用排除等をしているということは、実は、国公法自体が、すでに右労基法と同一精神のもとに定期検診等について定めているため、あえて他の労働者保護法令の準用を必要とすることはない、との見解を示したものというべきである。

以上いずれにしても、定期検診等は単に能率増進を図るために行われるものでなく、公務員に対する義務としても行われるものである、ということができる。公務員は定期検診等が誠実に行われ、自己の保健に資することを、法上保障されているのである。

従つて、公務員が定期検診等においてその関与者の過誤により被害を受けた場合、当該公務員は、定期検診等の有する前記(一)の性質とも相俟つて、公権力を行使する公務員の故意または過失による違法な行為により損害を被つたものとして、国賠法一条一項に基づき損害賠償請求をすることができるものといわねばならない。

(三)  ところで、定期検診等の関与者については、当裁判所の前記1(三)の見解によると、前記税務署長はいうに及ばず、広島国税局長(およびその直属医官)、さらには、仮に被告主張のように前記保健所所属の医師が、右署長の嘱託に基づいて関与したものとすれば、その医師も、すべて公権力の行使をした「公務員」というべきことになる。

(四)  次に、原告が昭和二七年度の定期検診後同署長からなんら指示を受けることなく、その主張どおり、外勤の職務につかされたのち、その主張の期間病気欠勤するに至つたことは、一記載のとおり当事者間に争いがない。また、右二七年度の定期検診時に原告はすでに結核に罹患し、X線間接撮影フイルムにもその陰影が現われ、もし医師が読影に当つてそれを見落したとすれば、過失となるべきこと、二2にみたとおりである。

そうすると、原告に対し当然されなければならなかつた精密検査の指示が同署長からなかつたということは、少なくとも、これに関与した公務員のうちのいずれかの者の過失に基づいて生じたこと明白である。すなわち、医師が陰影を見落したとしても右のとおり過失によることとなる。まして、読影に誤りがなく、その後の報告ないし指示過程で過誤が生じたものとすれば、少なくとも、当該担当者が、当該職務を担当する平均的能力をもつた公務員なら当然尽すであろう注意義務を怠つた。すなわち、その者の過失によつて生じたものであること、右事務の性質からみて明らかである。さらに、この過失に基づき、原告に適切な事後措置がとられず、また、内勤に比して加重な労働を必要とした(この点は、<証拠>から認められる。)外勤の職務に原告を前記期間継続してつかせるに至つたものであつて、このことが、原告の病状を前記長期療養を要するまでに悪化させる主因となつたことは、すでに二にみた病状などに照らしてまた明らかである。なお、原告は一度復職し、その後再び療養生活に入つているが、それが専ら原告自身の不摂生その他、被告が生じさせた右原因と関係のない事由に基づくものと認めさせるに足る証拠はない。

ところで、過失ある公務員の特定については、当裁判所の前記1(一)の見解からすると、当然、当該公務員を具体的に特定するまでの要はなく、当該公権力の行使に当つた公務員のうちいずれかのものに過失があつたことさえ明確になれば足るのである。従つて、本件では、国賠法一条一項所定の「公務員の過失」という要件を充足することになる。

(五)  原告は、右のとおり病気欠勤を含む長期療養生活をすることを余儀なくされ、このため、後記財産上の損害を被り、さらに、精神的にも非常な苦痛を味わつたことが認められる(精神的被害の点については<証拠>から認められる。)。

(六)  右にみたところによると、国賠法一条一項にいう「公権力の行使に当る公務員が、その職務を行うについて、故意又は過失によつて違法に他人に損害を加えた。」との要件はすべて充足されていることが認められる。従つて、原告は同法に基づき被告に対して損害賠償請求権を有すること明らかである。

(七)  そこで、原告が右病気欠勤をしなかつた場合と現状を基礎とした場合との給与等の差額についてみる。

ところで、原告の余命年数が七〇歳を越えることは、当裁判所に顕著な事実である。また、原告が慣行どおりの退職をしなかつた場合に生じる差額は、右退職をした場合のものを下回ることはない。そこで、原告主張どおり、一応退職することを前提としたものについてみることとする。

原告主張の差額が生じることを支持する証拠としは、原告本人尋問の結果があるだけで、しかも、これは次にみる各証拠(ただし、原告本人尋問の結果を除く。)と対比して、にわかには措信しがたい。従つて、原告主張どおりの差額を生じたとの事実は認めることができない。

しかし、<証拠>を総合すると、少なくとも、被告が主張する差額の生じることは認められる。

そこで、右差額の生じることを基礎とし、原告が計算の便宜上とつたとおり、昭和四四年一一月一日を基準日として計算する(従つて、同日以降の分については年毎ホフマン式(複式)計算法により年五分の中間利息を控除して、その現価を求める。)と、次のとおりとなる。(円未満切捨て。以下同じ。)

イ 給与差額 二五〇万八八三九円

(イ) 右基準日前の分 一六一万七三一九円

(ロ) 右基準日以後の分 八九万一五二〇円(別紙七のとおり)

ロ 退職手当差額 三六万三五九八円(別紙八のとおり)

ハ 退職年金差額 六六万二六二六円(同)

四時効消滅の抗弁について。

被告は、原告の請求権は遅くとも昭和三五年九月一〇日ごろ時効により消滅した。と抗弁する。しかし、これを認めるに足る証拠はない。

かえつて<証拠>を総合すると、次の事実が認められ、この認定を動かすに足る証拠はない。すなわち、原告は、二にみたとおり昭和二九年六月ごろ甲第一号証の一ないし三の三フイルムを入手した、しかし、原告が希望していたのは同二八年七月一五日撮影のX線直接撮影フイルムであつた。このため、それが入手できなかつたことに対する原告の失望と不満は大きく、しかも、当時原告はなお間接撮影フイルムをみる力などなかつたので、右三フイルムに関心を寄せるまでの精神的余裕はなかつた。このようなわけで、原告はそれらをそのまましまい込んでしまつた。ところが、同四一年二月ごろ偶然、原告はしまい込んでいた右フイルムを見出した。このときには、原告は、長期間の療養生活を通じて結核に関する知識を深め、また、フイルムをみる力もかなりのものになつていた。そこで、右フイルムをみていたところ、甲第一号証の二のフイルムに前記のような陰影のあることがわかつた。

右のとおりであるから、被告主張の右抗弁はとることができない。

五過失相殺

原告が、定期検診等における過誤により、長期療養生活を送ることを余儀なくされ、このため、物心両面にわたり被害を被るに至つたことは、すでにみたとおりである。

しかしながら、自己の健康については、自己自身がまた常に心掛けておらねばならぬこというまでもない。なるほど、定期検診の結果、異常がない、とされた場合、通常、その者がこれに依拠して行動することは確かである。しかし、そうとはいえ、定期検診後は、全面的にその結果にのみ依拠して行動し、自身は保健に留意しないということが不当たるべきこと明らかである。右のとおり、自己の保健をすべて定期検診に委ねることは許されるべきことではない。

これを本件についてみると、昭和二七、八年当時、原告は片道約一六キロメートルの距離を自転車で通勤し、職場では外勤の職務につくという相当重い労働をする一方、暇をみて農作業などもしていたことが、<証拠>から、認められる(右認定に反する原告本人尋問の結果部分は措信できない。)。右認定の事実によると、原告自身にも自己の保健について配慮に欠けた点があり、これが病状悪化の一因をなしたことは否むべくもない。そこで原・被告各自が負うべき責任の程度について考えてみると、昭和二七年の定期検診時には原告は未だ自覚症状がない程度の病状であつたこと、加重な労働を必要とする外勤の職務にその後継続してつかされていたことなどの前記事情と、原告自身についてみた右事情とを合わせ考えるとき、原・被告各自に帰せられるべき責任の割合は、三対七とするのが相当である。

なお、過失相殺については、その性質に鑑み、当事者から主張のあることを要しないと解する。

六損害

1  逸失利益としては、右にみたところから、被告の責に帰すべき事由により、原告に生じた損害分として、前記三(七)にみた差額の七割、すなわち、二四七万四五四四円ということになる。

2  慰謝料としては、前記諸事情を勘案し、五〇万円をもつて相当と認める。

ところで、原告は、便宜上昭和四四年一一月一日を基準日として逸失利益を計算し、そのうちの三〇〇万円に対しては、右翌日の同月二日以降支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める旨主張する。そして、右三〇〇万円については、右基準日より前の損害分である、と主張するように受取れなくもないところがある。しかし、その真意は、損害金のうち少なくとも三〇〇万円については、との意であること、弁論の全趣旨に徴して明らかである。

七そうすると、結局、被告は原告に対し、右六1・2の合計金額二九七万四五四四円およびこれに対する不法行為後であることが明らかな昭和四四年一一月二日以降支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務のあることが認められる。

八そこで、原告の本訴請求中、右七に認めた限度でこれを正当として認容し、その余は失当として棄却することとし、訴訟費用の負担について民訴法八九条・九二条を適用して、主文のとおり判決する。

(和田功 重村和男 東修三)

<別表略>

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